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    【雑談】【尋常高等小学校卒の文豪】・・・・松本清張・・・

    2020年01月23日10時58分 作成

    2020年01月23日11時04分 更新


昔の文豪は、何も大学卒の夏目漱石や森鴎外だけではないらしい


作品集 ↓


・・・(引用)・・

【文学への関心と挫折】
(清張は1909年に広島市で生まれ(略))
生家が貧しかったために、1924年、板櫃尋常高等小学校を卒業したのち、職業紹介所を通じ、株式会社川北電気企業社小倉出張所の給仕に就職した。
掃除、お茶くみ、社員の使い走り、商品の配達などに携わり、初任給は11円、3年後に昇給して15円であった。
この時期、新刊書を買う余裕はなく、本は貸本屋で借りるか、勤め帰りに書店で立ち読みしていた。
当初清張が興味を持って読んだのは、旅の本であった。
特に田山花袋の紀行文を好み、当初清張は花袋を紀行作家と思っていたほどであった。
しばらくして、家業の飲食店の経営がやや楽になり、家が手狭になったので、祖母とともに近所の雑貨屋の二階に間借住まいをする。

やがて文学に夢を託すようになる。
この頃から春陽堂文庫や新潮社の文芸書を読み、15、6歳の頃、特に愛読したのは芥川龍之介であった。
ほかに菊池寛の『啓吉物語』や岸田國士の戯曲も愛読した。
休日には小倉市立記念図書館に通い始め、ここで、森?外、夏目漱石、田山花袋、泉鏡花などを読み、新潮社版の世界文学全集を手当たり次第に読み漁った。
しかし、当時世評の高かった志賀直哉『暗夜行路』などは、どこがいいのかさっぱりわからなかったという。
また、雑誌『新青年』で翻訳探偵小説の面白さに開眼、国内では江戸川乱歩の出現に瞠目、作品を愛読した。

だが1927年、出張所が閉鎖され失職。
子供の頃から新聞記者に憧れていた清張は、地元紙『鎮西報』の社長を訪ねて採用を申し入れたが、大学卒でなければ雇えないと拒否された。
この頃、一時は繁盛した父の飲食店も経営が悪化、失職中の清張も露店を手伝い、小倉の兵営のそばで、パンや餅などを売っていた。
文学熱はさらに高まり、八幡製鉄や東洋陶器に勤める職工たちと文学を通じて交際、文学サークルで短篇の習作を朗読したりした。
また、木村毅の『小説研究十六講』を読んで感銘を受けた。

【1928年から務めた高崎印刷所(1930年代)】
1928年になっても、働き口は見つからなかった。
手に職をつける仕事をしたいと考えた清張は、小倉市の高崎印刷所に石版印刷の見習い工となる。
月給は10円であった。
しかし、本当の画工になれないと思った清張は、さらに別の印刷所に見習いとして入る。
ここで基礎から版下の描き方を学び、同時に広告図案の面白さを知った。
この頃、飲食店の経営はさらに悪化、一家は紺屋町の店を債権者に明け渡して、ふたたび工場廃液の悪臭がただよう中島町に戻り、小さな食堂を開いた。
しかし全く商売にならず、父は相変わらず借金取りに追われていた。
印刷所の主人が麻雀に凝って仕事をしなくなったため、清張は毎晩遅くまで版下書きの仕事に追われた。

1929年3月、仲間がプロレタリア文芸雑誌を購読していたため、「アカの容疑」で小倉刑務所に約2週間留置された。釈放時には、父によって蔵書が燃やされ、読書を禁じられた。

【印刷工から広告図案へ】
【小倉・高崎印刷所時代の清張(1936年)】
1931年に印刷所が潰れ、約2年ぶりに高崎印刷所に戻ったが、博多の嶋井オフセット印刷所で半年間見習いとなった。
ポスターの図案を習うつもりだったものの、文字もデザインの一つだからという理由で、もっぱら文字を書かされていた。
書を清張に教えたのは、能書家で俳誌「万燈」の主宰者でもあった江口竹亭であった。
後の作品中に覗われる俳句趣味・能書家の下地がここで培われた。

その後みたび高崎印刷所に復帰、ようやく一人前の職人として認められた。
その頃から広告図案が重視されるようになり、嶋井精華堂で学んだ技術が役立った。
1936年11月、佐賀県人・内田ナヲと見合い結婚。ナヲが裁縫を習いに通っていた近所の寺の住職の紹介であった。

高崎印刷所の主人が死去し経営状態が悪化、勤めを続けながら自宅で版下書きのアルバイトをした。
将来に不安を感じ、1937年2月に印刷所を退職、自営の版下職人となった。
この頃、朝日新聞西部支社が門司から小倉に社屋を移転し、最新設備による印刷を開始する旨の社告が載った。
(以下略)

・・・・・

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